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アーツアライブは、アートが全ての人々の生活の一部となるように、
アートを通して人々に喜びと生きる活力を与えます。

武蔵美通信 2008年(平成20年)7・8月号

[ ひととひと 関係性をつくる ]


相手のためにつくること

アートと福祉の出会いから生まれる対話と痕跡

このコーナーでは、人と人の対話や恊働のあり方をテーマに様々なフィールドを取材し、造形の実践のヒントを探します。 今月は、造形を介入して、福祉の現場を変えてゆく「アーツアライブ」という活動を紹介します。


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記事内写真右:「自分の痕跡を残す」製作者/鄭鉉暻、李恩美 実施場所/複合型介護施設 熱海伊豆海の郷 実施期間/2006年8月21〜23日
記事内写真左:「和紙の障子絵」製作者/中川内美和、西川千花、坂本治子、新谷玲名、野田和希、坂本由香、石井麻子 実施場所/特別養護老人ホーム 百恵の郷 実施期間/1999年8月4〜10日



「アーツアライブ」は、美術や音楽といった芸術によって医療や福祉の現場が生き生きと元気になってもらうことを目的にアートプロジェクトを行う任意団体(現在NPO法人設立準備中)だ(※1)。アートマネジメントの専門家である林容子さんを中心に一九九九年から展開している。病院や老人施設へ、アーティストや美大生が訪問あるいは滞在して、入居者の方々と時間を共有しながら、作品制作やワークショップを行う。これまでに六ヶ所の施設で、のべ六〇以上のプロジェクトが展開されてきた。美術とケアの現場という普段は交わることのない活動が、「相手のために」と「つくる」を突破口に、出会い、人と人の関係を変化させる。
左ページ上の、障子に描かれた絵は、活動の初年度につくられた。ある特別養護老人ホームの入居者の一室の障子に和紙などの貼り絵で表現されたものだ。どんな絵を描くか、当時その部屋の入居者である女性と、美大の学生のグループが、じっくり話をしながらイメージを決めた。そこには彼女の子どもの頃の想い出、お兄さんと一緒にお祭りで遊んだときの様子と、それを眺める現在の自分(車イスに座って楽しそうに眺めている)が表現されている。
アーツアライブに参加する作家にとって重要な力を、林さんは次のように語る。「必要なのは、相手に寄り添うハート、喜んでもらいたいという気持ち。相手のためにつくる作品は、絵画の独自性を追求するものではないけれど、決して単なる迎合でもない。人生の最後を過ごす場所で、アーティストにしかできないことがあるはずなんです」。
この障子絵は美的な側面を「唯一の目標」とはしていない。「障子に描くということは、寝室という最もプライベートな空間に描くということ。当然相手が気に入るものをつくりたい。どのような作品を制作するかを相談する過程で、施設職員が嫉妬するくらいの、非常に濃密な時間が共有されるんです。」
そもそも、入居者と、絵を制作しようとする若者の間には、ほとんど共通する点がない。年齢や価値観、生きてきた場所や経験、共に暮らした人、全てが違う。そういうことを、じっくりと話し、共有しながら、ひとつの絵をつくるという同じ目的に向かう。そのような対等な立場で行われる対話は、濃密で忘れられないものになる。「人間関係の痕跡として」部屋に残るからこど、喜ばれるのだろう。共通の時間と空間を持ったことのしるしは、制作者が帰ってからも見飽きることはない。
過程を共有するということは、必ずしも作品を一緒に制作しなくても実現する。施設に壁画を描いたプロジェクトでは、何を描くかを対話のなかで決めず、事前に用意した数案から入居者が選び専攻が異なる学生のグループで完成された。林さんがある時再びその施設を訪れると、ある職員はその絵に「元気づけられる」と話した。それは「一生懸命描いていたから」だそうだ。この壁画の製作中、職員は夜通し作業を続ける学生のために照明をつけるなどして制作に参加した。また入居者は描画には参加しなかったが、出来上がる過程を眺めながら、お茶をいれたり桃を切って差し入れてくれた。プロセスを共有するかたちにも様々あるのだ。それぞれが関心をもって、壁画制作の過程を共有していた。

一般的に高齢者のための福祉施設では、入居者、施設職員、及び入居者の家族という共同体での、ケアを目的とした活動が基本となる。相手を思いやるのはもちろんだが、効率化を図らざるを得ない状況や、サービスを提供する契約を介することで、人との関係がかたちづくられてしまう側面もあるという。そこに、アーツアライブは普段とは異なるやり方を持ち込む。アートがお年寄りにとって「精神的なカンフル剤」となり生き生きと暮らすことだけでなく、プロジェクトはさらに大きな影響力をもっている。
入居者の家族にとって、作品は家族を再発見する機会にもなる。デイセンターに通う父親が作家と一緒につくったという作品を見て、「親父がこんなものをつくれるのか!」と驚き、涙を流して電話をかけてきた方もいる。
職員の意識にも変化がおきる。ある施設では、ここが寂しいからと、職員が自分たちで施設のなかに作品をつくって設置した。「ケア」の概念がやわらかく広がっている。
プロジェクトに参加する学生やアーティストにとっては、他者の作品との比較、美術的な文脈のなかでの作品の評価ではなく、目の前にいる相手との関係のなかで造形を展開する経験となる。その状況は、普段とは異なる葛藤を生む。自分の造形の「素」なかたちが喜ばれ、転機になった作家もいるという。
こうして、アーツアライブのプロジェクトは、関わったそれぞれの人に変化をもたらす。その変化の交点には、濃密な対話の記憶と、その痕跡が残っている。

※1 アーツアライブ Arts Alive:活動の考え方や詳しい内容についてはアーツアライブホームページ
『進化するアートコミュニケーション』(著=林容子・湖山泰成 二〇〇六年 レイライン)などに詳しい記述がある。


by artsalive | 2008-07-22 10:31 | プレス